化石に居直ったきっかけ─『アーキテクチャの生態系』
リニューアルの前口上で「化石でいいやと居直ることにした」と書きましたが、そのきっかけのひとつが、この浜野智史『アーキテクチャの生態系』(NTT出版、2008)を読んだことだと思うです。インターネットについてなにがしかは知っているつもりでしたけど、表面をなぞっているだけでおよそ何もわかっていなかった、ということに気づかせていただきましたよ。
レッシグたちによれば、インターネットの「自由」の本質は、そのアーキテクチャが「自然成長性」に開かれている点にありました。だからこそ、その自由で自然な「生態系」のあり方を護持する必要があると彼らは考えた。ここまではいいでしょう。そして、こうしたインターネットの開かれた性質──アプリケーション層に新たなアプリケーションを構築する自由──によって、この日本という場所には、匿名掲示板の2ちゃんねるや、SNSのミクシィ、そして動画共有サイトのニコニコ動画といった、日本特殊型のソーシャルウェアが次々と生み出されるに至りました。恥ずかしながら、私もそういう側の一人で、アメリカ発ゆえにくっついてきたさまざまな尾ひれを、インターネットに特有の何ものかと勝手に誤解して、鼻息を荒くしていたのかもしれないなぁ、と反省しきりだったりします。
しかしその多くは、本書でもしばしば言及してきたように、とりわけインターネットの「自由」や「理念」を信奉する人々にとって、正面から肯定できるようなしろものではないという扱いをしばしば受けてきました。濱野智史『アーキテクチャの生態系』(NTT出版、2008)p.329
ただ、
社会が技術を形作り、技術がまた社会をつくる。アーキテクチャと社会の間には、こうしたフィードバック・ループが複雑にからみあって存在しています。つまり、「椅子を硬くすれば回転率が上がる」といった比較的単純なかたちでは、アーキテクチャの設計と効果に関する方法論を取り出すことはできない(…略…)。私たちの社会は、これからも、上に見たようなアーキテクチャと社会の諸システムとの「共進化」的現象を目の当たりにすることになるでしょう。濱野智史『アーキテクチャの生態系』(NTT出版、2008)p.334 という方向に希望を見出したいところでして、そのためにもネットの生態系には多様性が必要であって、じゃあおっさんの居直りにも多少の存在価値はあるかと勝手に解釈しております(笑)。
それはそれとしても、この本は一読をおすすめ、です。
